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ひとは余白の時間にもっとも自由を感じる

毎日が忙しいと時間のやりくりが上手な人がうらやましくなります。

なぜあの人はあんなにいろいろとやっているのに自由に暮らせているのだろう?
わたしももっと自由な時間があればなぁ。

そう思うこともしばしば。

ところで、この多忙な時代において自由な時間とは、どんなときなのでしょうか?

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自由な時間は「余白」にある

多くの人は自由な時間といえば、「休日」や「休暇」と考えます。

仕事から解放されてお出かけしてもいいし、旅行にいってもいい、家でのんびり過ごしてもいい。そういう時間を自由として求めます。

でもこんな話もあります。

有給をとったが、実際に休日になっても仕事のことが頭から離れない。
休んだ気がしなかった。
土日が休みだけれど、子どもと遊ぶ必要があるし、家事はあるし。
結局、平日といっしょ。

堂々と休みの日であるのに、自由を感じないケースです。
その一方でこういう話もあります。

ワーカホリックで休みなく仕事をしている。
毎朝、みんなの出勤時間の1時間前にきて、そのあいだに好きな仕事をする。
その時間は最高に自由を感じる
掃除、洗濯、料理に子育て、専業主婦で休む間もなく家のことをやっている。
でも子どもがお昼寝している間、コーヒーを淹れて好きな雑誌を読む。
その時間がとっても自由で好きな時間

こちらは、ずいぶん働き詰めのようですが、自由を感じている模様。

でも前の例と比べたら。明らかにオーバーワークですよね?

なぜこんなことになるのでしょう。

余白を上手に作れているか

じつは人って自由を「余白」に感じるのです。

余白とは・・・

(自分が思ったよりも)余っている状態。

自分が「これくらい」と決めたところよりも、余裕があれば自由が感じられるわけです。

ワーカホリックでも、出勤時間の前は仕事時間じゃないから、自由。
多忙な主婦でも子どものお昼寝時間は、家事・育児時間じゃないから、自由。

自由な時間は自分の基準で決まってくる、とっても相対的なものなんですね。

勤勉な人ほど自由を感じやすい

有給はとれて当然。
休みの日はあって当然。

もちろん当然なのですが、権利意識が強すぎて、怠惰な気持ちが前に出てしまうと、せっかくの休みでも自由さが感じられません。

物理的にはきっちり休日を取るべきです。
体を休めるのはとても大事。

それと同時に、心がけとしては勤勉なほうが、自由で豊かな時間を過ごしやすいのも、また事実です。